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◉震災発レポート

走る走る、いわてを走る!
SVA移動図書館プロジェクト 陸高篇 ❷
〜東日本大震災の光景〜

岩手県陸前高田市・市立図書館 ◉ 2011年7月17日
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)

text & photos by kin

2011.8.30  up
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陸前高田市立図書館の移動図書館車「はまゆり号」に献花と黙祷(岩手県陸前高田市
陸前高田市立図書館の前にて。移動図書館車「はまゆり号」に献花と黙祷。
(岩手県陸前高田市 2011年7月17日) [クリックで拡大]

《4》陸前高田◉いざ被災地へ

「いわてを走る移動図書館プロジェクト」スタート

2011年7月17日、東日本大震災から4ヶ月と6日が経過していたこの日、いよいよ「いわてを走る移動図書館プロジェクト」がスタートとなる。この日はSVA現地スタッフが3名、神戸ボラ組が4名、長野県松本市から来たSVA支援者組が4名の計11名という大所帯のチーム編成で回る。SVA支援者組は、SVAの活動を支援している寺院住職の奥さんとその子どもの女子大生という組み合わせだ。それぞれ4台の車に分乗し、1時間半ほど掛かる現場を目指して出発した。

途中の住田町にも仮設住宅団地が建設されており、仮設の案内看板も見える。陸前高田市に入った所で高田街道沿いの「川の駅よこた」でトイレ休憩。市内沿岸部の店は壊滅しており、当然トイレの場所もない。そのため市内へ復興支援に向かうボランティアたちを乗せた「ボラバス」隊が何台も駐まっており、トイレには長い列ができていた。売店には物産品のほかに「復興支援Tシャツ」の販売コーナーもある。1000円と格安なこともあり、ここにもボラ達の列ができている。

そんな川の駅の駐車場からは、畑の向こうの中学校や小学校の校庭に仮設住宅団地が建っている様子が伺える。山に囲まれたこの地域は、谷間の川に沿って道路がありその周辺に田畑が広がる土地だ。そうなると仮設住宅を建設できるような平地の空き地も、こうした学校の校庭くらいしかないのだろう。

先に出発したボラバス隊の後を追うようにして、移動図書館チームも出発した。

山中で津波が出現

その変化は突然だった。海に向けて気仙川に沿うように高田街道を進んでいると、ある地点から津波の被害だとはっきりと判るような風景が目の前に出現してくる。要するに津波がこの気仙川の沿岸を周囲の街並みを飲み込みながら遡上してきた爪跡だ。しかしこの場所はまだ海からは3、4kmはあるだろう。周囲も山々に囲まれた風景でとても海の気配は感じられず、ましてやここで津波などとは想像すらもつかない。

しかし今冷静に海からの距離とこの標高を考えてみると、ここまで津波が到達したことも何ら不思議ではないのだ。普段からどこまで防災教育を施し想像力を高めているかという意識の問題がここにある。この意識をいかに何世代にも渡って日常的に引き継いていけるか。甚大な被害の沿岸部はともかく、このような山間部で津波の防災をしていくというのが果たして可能なのか。目の前に広がる風景のギャップの中に入っていると、それはいかにも困難なように思える。

街道脇の空き地には、トレーラーの簡易店舗でほかほか弁当屋さんが営業をしていた。当然被災沿岸部には、トイレもないが食堂も何もかもないので貴重な店だ。

三陸海岸の広田湾の奥に広がる陸前高田の市街地に入った。報道などでもよく目にする場所だ。私はこれまでに仙台平野の津波被災地に入ったことはあったが、ここもまた別の悲惨な光景が広がっていた。

中心部はだいぶ瓦礫の処理が進んでいるようだった。瓦礫は災害廃棄物として素材別に木片、コンクリート、鉄などに分別され、それぞれがぼた山のように高く積まれている。かつて九州・筑豊の炭鉱で築かれたぼた山は写真でしか見たことはないのだが、こんな感じなのかと漠然と連想した。

そんな瓦礫が除去された市街地は、ただの更地がどこまでもずっと広がっている。道路だけが区画を縁取るように残っているが、そこを初めて往く我々には、とてもかつての街の賑わいを想像することができない。ここが本当に市の中心部だったのかと思わされるような荒涼とした風景だ。アニメ「機動戦士ガンダム」劇中の戦場下の市街地を彷彿とさせる。

更地の中には所々、津波でも外観だけは残った大きな鉄筋コンクリート製の建物が残っている。巨大な市民体育館が横っ腹に大きな口を開けて見える。避難所となっていたここに避難した多くの市民が、想定以上の浸水高となった津波で犠牲になった。その市民体育館のあるエリアには公民館や博物館、埋蔵文化財収納庫などの文教施設が集まっており、その一画に陸前高田市立図書館もあった。移動図書館の活動をスタートさせるにあたって、まずはここで祈りを捧げる。

祈りからの出発。「はまゆり号」に献花、黙祷。

市立図書館は、建物は残ったものの館内は壊滅状態。本もほぼ全てが流出し、司書などの図書館職員も全員が死亡、行方不明となった。前年の4月に運行が開始されたばかりだった市の移動図書館車「はまゆり号」も、30代のドライバーの方が住民を避難誘導している最中に犠牲になってしまった。はまゆり号自体も津波に飲まれて行方不明となっていたが、それを自衛隊が発見して図書館の敷地まで運び込んでくれたという。

我々はこの移動図書館プロジェクトを始めるに当たり、まずはこの「はまゆり号」の前で図書館の方々に黙祷を捧げる。曹洞宗寺院関係に支援者の多いSVAにしては珍しく今回はスタッフの中に僧侶が居なかった。しかしどうしても都合が付かなかったという秋田県の僧侶の方が、この同時刻にその地でお経を唱え念を送ってくれる事になっている。

現場に到着し車から降りると、へしゃげた「はまゆり号」が目の前にあった。正直、直視に耐えないくらいの無残な残骸だ。地元出身のSVA現地スタッフである田中さんが、代表して花束を捧げた。運転席の付近に静かに献花。約束の9時半になり、全員で「はまゆり号」の前で1分間の黙祷を捧げた。犠牲になった図書館員の皆さんの意思を受け継がなくてはならないと、一堂で改めて誓った。

[続く]

図書館は、国境をこえる―国際協力NGO30年の軌跡
シャンティ国際ボランティア会編
教育史料出版会

#文中に登場する名称・データ等は、初出当時の情況に基づいています。

◉データ
いわてを走る移動図書館プロジェクト
主催:公益社団法人シャンティ国際ボランティア会 岩手事務所(略称:SVA)
開始日:2011年7月17日
場所:岩手県 陸前高田市、大船渡市、大槌町、山田町
       各地域の仮設住宅団地を隔週巡回。
後援:陸前高田市教育委員会、大船渡市、大船渡市教育委員会、
       岩手県立図書館、社団法人日本図書館協会
協力:3.11絵本プロジェクトいわて

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